それがあまりにおかしくて、わたしは笑わずにいられなかった。

 だって考えてもみてほしい。放課後の呼び出し。遠く聞こえる部活動の声、夕日で赤く染まった教室、目の前にはわたしを呼び出した少年、二人きりで、彼は思案するように口を閉ざしている。
 何だこのべたなシチュエーション。どこの少女漫画だ。こんな状況を体験するなんて夢にも思わず、面白くて少しばかりどきどきする。
 まぁ、これが本当にそんな少女漫画的な展開であるはずがないのだけれど。何せ目の前にいるのは幼馴染の男の子で、この人が私に恋愛感情を抱いていないことはわかっている。
 えらく挙動不審だけれど、何の話なんだろう。なかなか言い出そうとしない彼の言葉をじっと待つ。それにしたって時間がかかり過ぎではないだろうか。実際もう既に呼び出すところまで来ているんだから、さっさと言ってしまえばいいだろうに。少しイライラしてきた。
「用がないなら帰っていい?」
「や、待っ、言う、言うから!」
 そう言った後の言葉は濁されて結局先に進まなかったが。ようやく本題に入る気が起きたらしい、深呼吸を繰り返す。
「あのな」
 一言前置きをしてやっと本題を口にした。
「お前のことが、好きなん、だ、けど」

 はぁ? などと柄の悪い声を出さなかった自分を褒めてやりたい。真剣に何を言うかと思えば。有り得ない。これでは本当に少女漫画じゃないか。
 いや、ちょっと冷静に考えよう。彼はわたしのことが好きらしい。しかしそんなことは有り得ない。ならば一番初めに言うべきはこれだ。
「それ恋愛的な意味でだよね?」
「えっ、あ、うん」
「本気で言ってる?」
「え!? そ、そりゃ、まぁ」
 思いがけない台詞だったのか、彼の視線がうろたえて泳ぐ。
 ……、何か怪しい。
「後から“悪ふざけでした”とか言い出したら殴るぐらいじゃ済まさないけど……!?」
 強い語調で釘を刺す。
 長い付き合いだ、彼の性格くらい知っている。そんな性質の悪い冗談、決して好んではやらないだろうが、仲間内のノリで強く言われたらやるかもしれない。
 だとしたら。教室内だ、隠れる場所はそうないけれど不可能とは言い切れない。実はどこかから見られていたりしないだろうか?
「ほ、本当だよ! だからっ、その、返事して、よ」
 吐き出された言葉で、探るように動かしていた視線を彼へと戻した。
 じっと彼を見つめる。俯いたままわたしを見ようとはしないけれど。耳まで真っ赤になって、手を握りしめて、宣告を待つように立ち竦んでいる。
 彼がわたしを好きだなど有り得ない、とは言ったけれど。本当に心の中を読むことなんて出来ない。彼の言葉を信じるとするなら。
 返事。返事をするのか。
「……」
 意識すると途端に気恥ずかしくなってきた。何だかむずがゆい。堪らない。いや、ちゃんと考えなければ。
 彼のことを特別に好きということはない。恋心は持っていない。
 しかし、他に好きな人がいるわけでもなく、友人が彼を好きだなどという展開も当然ない。何の後ろめたさもない状況で特別な好意を向けられるというのは、嫌ではない、というか、むしろ、うん。
 告白、それに対する返事。私も好き、などと乙女のようなことは言えないけれど。
 もし肯定的な返事をしたとして、関係が幼馴染から恋人に進化したら、どうなるだろう。デートして、手を繋いで――少しだけリアルに考えてみる。
 ……意外とありかもしれない。
 少なくとも、今思い浮かぶ他の誰よりも、この人がその特別な位置につくということがひどく自然に思えた。何というか、そう、安心感。今この少し覚束ない程度の感覚で肯定的な返事をしたとしても、新しく訪れる変化を緩やかに受け止めて進んでいける。そんな。
 顔を上げると目が合った。慌てて顔を逸らそうとした彼に言う。
「じゃあとりあえず付き合ってみようか」
「……、えっ、ええ!?」
 わたしの言葉に一瞬ぽかんとした表情をして、次に盛大に驚く。赤い顔を更に赤く染め上げて、口をぱくぱくと動かした。まるで彼のほうが乙女のようだ。
「ぼ、僕のことす、好きなの?」
 その問いに、うん、と言えないわたしははぐらかすように返事をする。
「今誰かを選ぶとしたら君を選ぶくらいには」
 彼は頭に疑問符を浮かべた。わたしはその思考を遮るように続ける。
「暇なら一緒に帰ろうか」
「え、あ、う、うん」

 ――まぁ、なるようになるだろう。

 まるで作り物のような思いがけない展開に、またひっそりと笑った。

非現実みたいな現実が面白くてわたしは笑った。