寂の中で、

 中立の地での両国王の協議の日まで、あと一週間足らず。
 その日が近づくにつれ、ウルの心は揺れていた。

 遥かな昔から『機械』と『魔法』、その両方の力が対立し合い、世界を二分していた。
 長いこの星の歴史には、数え切れないほどの戦いの名が列挙されることだろう。どんなに些細なことでも一つの切欠であるのに変わりはなく、多くの犠牲を出す結果に発展するのに時間は要さなかった。その度、大地にはいくつもの傷が穿たれ多くの人の命が散った。大地も人も、先の見えない戦いに疲れ果てていた。
 それでも双方の和解など有り得なかった。何故なら自らの力を至上のものと考える『国の意思』が、決して敵国の存在を認めなかったからだ。
 だが二十数年前、そんな意味の無い争いがようやく収束した。
 両国の王は中立の地『インシグニス』に立ち、互いに休戦を持ちかけた。表向きには、このまま戦争を続ければ必ず全てを滅ぼすことになるだろう、という理由だったが、本当のところは単に、両国とも既に戦争を続けるだけの力が残っていなかったのだ。しかしそんなことを敵国に悟られるわけにはいかない。国王たちは虚栄を張り、休戦を提案した。例え一時的なものだとしても、戦争を終わらせた功績は大きいと言えるだろう。
 それから現在まで、両国はいつ始まるとも分からない『開戦のとき』に備えて国力を蓄え、増強し始めた。

 機械を操る――他を支配し自己のものとする力が至上であるとし、魔法の力など驕りに過ぎないと定義するここ、『機大国シセイ』では、機械の更なる発展と効率的な国の回転を目指した。全国民に試験を課し個人の能力を詳細にデータ化、もっとも適した仕事を与え、また可能性のある者には更に力を伸ばす教育を施した。実力が有ればそれだけの報酬があり、役に立たないと判断されれば即刻切り捨てられる。競争と教育という統制は確実な進歩を生んだ。
 中でも、新しい機械を生み出す設計士・機械を形作る鋼を加工する鍛冶士になることは優れた者の証とされ、王属の開発機関に属することは最も栄誉あることとされた。
 ウル――ウルキラ・コンステッドは、そんな数少ない栄誉を頂く一人だ。
 ウルは物心のつく頃に両親と死別し、孤児として国に引き取られた。その頃から既に頭角を現し出していたため他より随分と良い待遇を受けたが、それだけ義務は増えた。彼の意思に関わらず、子供時代を『子供』として過ごすことは許されなかった。同じ年頃の子供達が楽しげに遊んでいるのが羨ましかったし、庇護される立場を妬ましくも思った。ただそれを望んだところで何も得られないことを理解していた。
 ウルは孤独だった。
 向けられるのはいつだって『特別』に対する視線で、居心地の悪いそれをどうすれば覆せるのかウルには解らなかった。だから新しいことを成し得た時にだけ、頭を撫で良くやったと言ってもらえる、そんなわずかな温もりが幼い彼にとって全てだった。勉強は好きだったし、新しい物を作り出すのは楽しかった。何よりその先に欲しいものがあったからこそ、求められるまま自分を抑え込んだ。がむしゃらに頑張りもした。
 だが成長するにつれ、気付く。
 それは所詮上辺だけなのだと。自分が得ていたのは偽りの温もりでしかなく、成果を挙げさせるためだけに用意されたもの。まんまと踊らされていたに過ぎない。
 『良くやった』の後には必ず『もっと』があったじゃないか。
 ウルは落胆した。自分の存在が救いようもなく馬鹿馬鹿しいものに思えた。やり場のない憤りを覚えながら、それでも自分はここから抜け出せないことを悟った。
 人との関わり方なんて知らない。求めていた本物の温もりを、どうすれば手に入れられるかなんて解らなかった。ならば自分を満たせるのは、あらゆる知識を得て新しい物を創り出す、それしかない。
 それが叶わないとしたらそれこそ本当に、自分には何一つ、なくなってしまう。
 すべては自分のために。そう思い込むことでウルは自分を保った。最低限の義務はこなすがそれ以上は望まれても拒否し、どうしてもという場合は相応の見返りを要求した。そして自分の興味があるものを何より優先した。それが許されるだけの価値は持っている。立場が多少悪くなるだろうことは解っていたが、今までのようにただ従順でいるのは耐えられなかった。
 利用するならすればいい。自分だって利用している、これは何もかも自分のため。
 そうして、ウルは十七という年齢にして国でも指折りの実力者として名を馳せるようになった。

 そして中立の地での両国王の協議の日まであと一週間足らず。
 その日が近づくにつれ、ウルの心は揺れていた。
 協議には双方の国の力の誇示のため、力のある者が数名ずつ選ばれ、王の護衛をする。ウルはその栄誉ある役目を任ぜられたのだ。
「(関わりたくなんてなかったのに……)」
 『魔法』と『機械』の争いなんて馬鹿らしい。ウルは常々そう思っていた。
 考え方なんてそれぞれ違って当然。自分と違うものを認められないのは人間の性なのだろう、受け入れられなくても仕方がないのかもしれない。だがそれにしたって相手がどんなものか知りもしないで、何を賭けても排除したいなんて考えはとても理解出来ない。そんなくだらない理由に犠牲を払う価値があるとは思えないし、相容れないなら互いに関わらなければいいだけの話だ。その方が排除するより余程簡単だろう。
 そもそもウルは『魔法』に悪い印象を持っていない。ただ純粋に未知の領域であるそれに興味を持っていた。自分の思いもよらない、しかし整然とした論理で成り立っているのだろう。知りたい。出来ることなら魔法に詳しい者に――実際魔法を扱う者、『魔法使い』に――教えを請うてみたい。きっと今までと違ったものが見えてくる。
 もしかしたら、本で読んだあの、『空を制した』と言われる古代文明にだって近づけるかもしれない……!
 『魔法』も『機械』もウルにとっては同じ『知識』だったし、『魔法信者』も『機械信者』も変わりのない『他人』だった。勿論それを口にしたことはない。この考えが受け入れられる筈もないことは解りきっている。わざわざ自分が排除される危険を冒す必要はない。
 だから関わりたくなかった。
 協議の場に赴くとはつまり、自分が馬鹿らしいと思っている『魔法』と『機械』の対立を目の当たりにし、自分は『機械至上主義』を貫かねばならない。興味がある『魔法』を悪し様にしなければならない。自分とは違う思想を強制される苦痛に耐えなければならないということだ。
 だから自分にとって相容れないものであるその機会に関わりたくなどなかった。
 うまくやれる自信がない。もしかしたら今まで積もりに積もった不満が爆発してしまうかもしれない。
 今までもこの役目を任命されたことは何度かあったが、いろいろと理由をつけて辞退していた。だけど今回はそれが許されなかった。上辺を取り繕ってはきたが、薄々感付かれているらしい。ただでさえ反抗的なのに、『魔法』に興味を持つのは流石に見過ごせないのだろう。最近では密かに監視がつけられるようになったことに気付いた。

 協議の日まであと一週間足らず。
 ウルの心は揺れていた。
「(俺はどうすればいい)」
 その答が見付かる気配すらないまま、それでも時間は過ぎていく。

 機械と魔法が交差する日まで、あと一週間足らず……。