1:「それは勿体無い!」
「その時計きれいだよなー」
 首から提げた懐中時計を開いて時間を見ると、横からシオンが覗きこんでそう言った。
 シオンはこの時計がけっこうお気に入りらしい。
「螺子巻く?」
「巻くッ!」
 この時計は螺子を数回回せば約一日動く仕組みになっている。今はなかなか正確な時間を知ることが出来ないから、きちんと螺子を巻いて止めないようにしなければ。
「って回しすぎ! もう……」
 取り上げるとちぇーなんて少し膨れっ面になる。シオンは時々子供っぽい。秒針のカチカチという音が聞こえるのや、螺子を巻くと動くのがたまらなく面白いらしい。
「セイファーナの時計の方が幻想的で綺麗だと思うけど?」
「まぁ、これはこれで好きだけどな」
 シオンはポケットの中から時計を取り出して見せる。セイファーナの時計は、球体のガラス玉の中で太陽と月が現実とリンクしてゆっくりと廻っていく何とも不思議なもの。まるで世界を閉じ込めたような不思議な造りだ。
 ただ正確な時間は解らないんだよな。そもそもセイファーナでは何時間、何分、何秒なんて細かい区切りの概念が無いらしい。これにはかなり驚いた。
 時計の針は二十三時五分を指している。空はすっかり真っ黒で辺りに闇を落としていて、深い森の中、月明かりは殆ど届かない。明りといえばシオンが灯した焚き火ぐらいだ。
「今度シセイに行ったら時計買おうかな」
 大きな木に背中を預けて隣に座るシオンが言う。
「なぁ、それどこで買ったんだ? 文字盤が変わってて綺麗だよな」
「ああ、うん、そうなんだよね」
 深みのある半透明の青い石で出来ている文字盤、その裏にうっすらと見える螺子達は明暗のある白。数字は橙で、針は黒。その色合いは空を思わせる――――
「――これは空の時計なんだ」
「ええええぇぇ!?」
 ぽつりと呟いた言葉にシオンが大きく反応したものだから思わずびっくりする。
 ――いやよく考えると当たり前な内容だったけど!
「そっ、空の時計って、空の今俺達が目指してるまさに空中大陸の遺産とかそういうことでッ」
「ご、ごめん! ごめんシオン! 冗談だから!!」
 微妙に文章がおかしいシオンの混乱ぶりを見ればこの発言がどれだけ不用意だったか一目瞭然だ。
 慌てて謝るとシオンはピシリと固まった。そして一瞬後ににやりと邪悪に笑ってゆらりと立ち上がる。
「ほぉう、冗談か。では君には二つの選択肢を与えよう。一、竜巻に飛ばされる、二、氷に閉ざされる。どっちがいい?」
「うわ、どっちも嫌だ」
「では特別に三番の濁流に呑まれるでいこう」
「うわっ、ちょっと待った! こ、これには理由が……」
 魔法を使おうと集中し始めるシオンに慌ててストップをかける。
「――どんな?」
「あ、いや、えぇと……」
「濁流では満足できないらしいな。いっそトリプルでいくか?」
「うわわっ、言います言います!」
 いざ問われるとどこまで言えばいいものか、難しくて迷ったのだが、シオンが止まりそうにないので観念する。
 ――これも自業自得というやつだ。
 シオンは満足げによし、と言って集中を解いて、俺の隣に座り直した。
「えーと、この時計貰いものなんだけど」
「へぇ、お前にも友達っていたんだな」
 ……折角話し始めたのにシオンはいきなり話を折ってくれる。
「シオンも大概迂闊だよね……」
「ごめんなさい俺が悪かったですどうぞ遠慮なくお話の続きを!」
 腰のホルダーに手をかけるとシオンは瞬時にそれを悟り慌てて謝った。
「まったく……、何でそう思ったの」
「え、あ……いや、大事そうにしてるから、貰い物だとしたら友達に貰ったんだと」
 それを聞くと少し納得する。確かに気に入って大事にしている、特別な時計ではある。
「友達じゃないよ。まぁ……嫌いではなかったな。嫌な奴だったけど」
 ふと呼び起こされる記憶の姿を追い払う。あまり思い出したくない。
「そいつにこの時計を貰った時に俺も騙されたの。それを思い出してつい口が滑りました」
 さっさと話を終わらせようと簡単に説明して話を打ち切り、寝る体勢に入ると案の定シオンが頭の上で騒ぎ立てる。
「え、何だよ、もう終わりか?」
「終わりです」
「何でー! お前が自分のこと話すの珍しいのにー!」
「不可抗力です」
 わざとらしくシオンに背を向ける。
「……」
 静かになったから諦めたんだろうと思い、本当に寝ようと目を閉じる。ああ、今日は嫌な夢を見そうだ。
 ……などと考えていると肩を引っ張られ仰向けにされた。見えたのは俺を険しい表情で覗き込んでいるシオン。
「な、何……」
「それは勿体無い!!」
「はい?」
 その表情に思わず途惑った俺に、訳の解らない台詞を真顔で吐く。
 ……本当にシオンって時々解らない……。
「話の繋がりがよく解らないのですが」
「いつも無口なウルが不可抗力とはいえ自分のことを語るというこの切欠を逃して、果たして次の機会があるだろうか?! 否、きっともう二度とないに違いない!」
「何だそれ……」
 呆れて脱力している俺に、
「とゆーことでこの際だ。安心して洗いざらい話すがいい♪」
 シオンは嬉々として言うのだった。
「……自分だって昔のこと話したがらないくせに……」
 ぽつりと呟いてみると、うっ、とその表情を歪ませる。
「お、俺は……えっと、ほら、別に楽しい思い出とかないし!」
「俺も別に楽しい思い出ではないんだけど」
「え! でも友達――」
「違う」
「――友達のような人の話なんだろ?」
 じっとシオンを見上げると、シオンは俺をじっと見下ろす。そのままの状態でしばし沈黙すると、シオンはだんだん不安そうな顔をした。
 それでも視線は外さないから、やっぱり聞きたいんだろう。
 小さく溜息をついて。まぁいいか、と口を開きかけた途端――
「や! やっぱいい無理に話さなくても!」
 シオンは慌てて目を逸らす。
「別に今聞かなきゃいけないことでもないしな! うん」
 そして自分に言い聞かせるように大声で言う。そういう割にやっぱりそわそわしているけれど。
 何だか挙動不審なシオンをそのまま眺めていると、しゅんと静かになって、
「あー……えーと、だからだな、何てゆーか、その……そのうち、話してくれたら嬉しい」
 少し落ち込んだ様子で、俯いて寂しそうに言った。
「ぶっ……」
「!?」
 その様子に思わず吹き出してしまって、シオンは途端に真っ赤になる。
「おま、お前なぁ! 俺が折角……!」
「ご、ごめん、違、シオンがあまりに可愛いからつい」
「かわ……!? お、お前にそんなことを言われる日が来るなんて!!」
 何やらやけにショックを受けているシオン。俺としては、“お前に”って強調されてるところがちょっと気になるんだけどね?
 まぁ、シオンの好意に免じて許してあげよう。
 起き上がってシオンの頭をぐりぐりと撫でると赤い顔で睨まれた。
「空に届いたら教えるよ」
 俺は満面の笑顔でそう言う。

 きっとその日は遠くないだろうから。
2:「いや、待て、お互い冷静になろう!な!?」
――シオンはけっこう物をはっきりと言うタイプだ。
だから、ちょっと喧嘩腰になったときなんかの、彼の言葉はけっこうキツイ。
その場合、俺達の行動は大体3パターンに分かれる。
■俺も言い返して本格的な喧嘩になる(その後の仲直りが難しいんだよな)
■俺が落ち込む(シオンが必死で機嫌を取ってくれるのがちょっと可愛い)
もう一つは……

「――んだよ。だいたい……て、え?」
「シオンの言いたいことはよーッく解ったよ」
「ちょ……おい、ウル、そ、その手に握った物は何だ?」
「え? いつも見てるだろ?俺愛用の銃だよ?」
「ッや、それは解る。解るから訊いてるんだ」
「解るなら訊くまでもないでしょ」
「――ッ、本気か!?」
「うん」
「そこで頷くな!! ――いやッ、待て! お互い冷静になろう! な!?」
「大丈夫、俺、まだ冷静だから」
「まだって何だーッ!!」

もう一つは、
■俺が銃で威嚇(シオンが本気で怖がるから謝るのが大変なんだけどね)

――え? 勿論うまくやってますよ?
3:「……お前、妙なモノに詳しいんだな……」
4:「神っているのかな?」
 いつも下げているペンダントを握り締めて、シオンが言った。
「神様っているのかな――?」
 俺は愛用の銃を握り締めて、緊張で冷たくなった声で答えた。
「もしいたとしても、それは思わず望んでしまうような慈悲深いものじゃないさ」
 シオンはそうだな、と小さく呟いた。
5:「お前なんか!……お前……なんか……!」
6:「俺のオヤツがない!」
7:「お前、絶対この状況楽しんでるだろ!?」
「シオン絶対この状況楽しんでるだろ!?」
「勿論だ」
「即答された……!」
「よーっく似合ってるぞ、ウル。ってウルじゃ男の名前だよな……どうしようか? 簡単にルウでいいか?」
「うるさい黙れ馬鹿ッ」
 心底ご機嫌な様子のシオンを恨めしげに睨んでも効果はないらしい。
 一体何がそんなに楽しいと言うんだ! 俺は恥ずかしくて死にそうだっていうのに横で暢気にしやがってー!

 事は数分前に遡る。

「検問してる!」
 俺達は文献を探しにシセイのとある町に向かう途中だった。まったく予想外のことに、町の入り口で検問が行われていたのだ。
 俺達を探す検問とは限らない。顔がばれている可能性も高くはない。しかし。
「このまま……は流石に危険だよな……幾らなんでも」
 一度物陰に身を潜めて様子を伺う。
 どうしようか……二人で顔を見合わせていると、シオンが突然何か閃いたように鞄から布を取り出した。
「こういうのはどうだ?」
 追われる生活をしているとこういった薄手の布は何かと便利で、俺も持っている。シオンのそれは控えめな装飾の薄い青色の布だ。
「布は二枚ある。一枚を腰に巻いてスカート風に、もう一枚を頭から被ってショール風に」
「え、それって……女装するってこと?」
「そう」
 にっこり笑って言うシオンに嫌な予感を覚えざるを得ない。
「それって……誰がやるの?」
「勿論、ウ・ル・が」
 にっこり笑ったシオン。
 ……にっこり笑い返す俺。
 しばし間。
 まだ間。
「――ッ何でだよ!嫌に決まってるだろ! シオンがやればいいじゃないか、髪も長いんだし!」
「ウルだって短くないだろ!それにウルの方が背低いし顔も中性的じゃないか!」
「中性的って……!? そんな風に思ってたのか!?」
 思わずショックを受けているとすかさずシオンが畳み掛ける。
「それにここはシセイだ!お前より俺の方が、顔が知られている可能性が低い!」
「! そ、それは……」
「よし、決まりだ」
 シオンは満足げに手を打って俺に布を投げて渡す。
「そ、それよりもっと別の手を……」
「荷物の中までは見られないかな……まぁまずい物は布に包んでおけば大丈夫かな」
「聞く気ないんだ……」

 ――という訳で、俺は今、簡易女装を施してシオンの斜め後を俯きながら歩いている。
 検問はもう直ぐ。
「どうも、お疲れ様です」
 シオンがにっこり笑いかけると検問をしていた兵は少し顔をしかめた。
「何だお前、変わった髪の色だな」
 うわ、まずいか……?
 もしばれた時の為に銃はすぐ抜けるようにしているけれど。
「……本当、どいつもこいつも同じことしか言わないな。好きでこんな色をしているわけがないだろう!」
 ……ってノリノリだな。
 シオンの名演技に呆れながらも期待して、状況を見守る。兵もすっかり騙されて、悪いことを言ったともう一人の兵と顔を見合わせた。
 その調子ではやく検問を抜けさせて俺をこの格好から解放してくれ! 頑張れシオン!
「で、何の検問なんだよ。通っていいのか?」
「あ、待て待て。今少しやっかいな事件が起きていてな、外からの来訪者は検問せねばならんのだ。一応荷物の中を見せてもらえるか」
「はいはい」
 シオンは乱暴に返事をして、自分と俺の鞄を渡す。一人の兵がざっと点検している間にもう一人が質問をする。
「名前は?」
「俺はシオン・カザハ。こっちはルウ・カザハ、妹」
「何の目的でこの町に?」
「ちょっと調べたいものがあって。この町の図書館は大きいから」
 よくそんなに当然のごとくすらすら答えられるな……考えてたのか?
「……そっちの少女は何故顔を見せないんだ?」
 質問の矛先が突然こちらに向き、その言葉にどきりとした瞬間、被って顔を隠していた布をめくられる。
 まずい……!
「……ッや……!!」
 反射的に兵の手から布をひったくってシオンの後に隠れる。
 顔見られたか!? てゆーか、てゆーか……!
「ル、ルウ……大丈夫か?」
「……恥ずかしくて死ぬぅ……」
 シオンの服を掴んで訴える。何てことをしてくれるんだこの兵は!
 もー! 何だこれ! 一生の恥だ! 汚点だ! 今なら赤面死できる!!
「えーと……妹はとても恥ずかしがりやで……恥ずかしくて死にそうらしいので行っていいですか?」
「う、うむ、いいだろう」
「で、では俺達はこれで……」
 何とか無事(俺としては無事でもないが)に検問を抜け、シオンに手を引かれてその場を後にした。

「……お前……素質あるぞ……」
「は? 何の話?」
 やっと女装から解放されすっきりした俺に、シオンがぽつりと言った。
「ウルは見てなかっただろうけど……」
「だから何の話だよ?」
「あのときの兵の顔を見せてやりたかったよ……」
「……意味解んないんですけど」
「いや、解らなくていい……」
「何だよそれ、気になるなぁ」
8:「さて、次はどうする」
9:「一体どんな夢を見てたんだ?」
「――ッ!」
 飛び起きた。喉がひゅーひゅーと不快な音を鳴らしている。胸が、痛い。
 夜。
 月明かりにうっすらと浮かび上がるのは質素な部屋――ああ、久し振りに宿に泊まれたんだっけ。
「……大丈夫か?」
「あ、うん……大丈夫」
 静かな声に隣のベッドへ視線を向けると、シオンが壁にもたれ掛かって座っていた。赤紫色の目がどこかほの暗く俺を見つめる。
「眠れないの?」
「ああ、まぁな」
 ふと苦笑して膝を抱く。結っていない長い髪がさらりと揺れた。
「……もしかして俺、煩かった?」
 眠れないのは自分のせいだったのでは、と思い当たって尋ねると、シオンはいいやと即答して
「声押し殺してるから、余計苦しそうだったぞ」
 うなされるときくらい無理しなくてもいいのに、と悲しげに笑った。
「一体どんな夢を見てたんだ?」
「……うーん」
 思わず返答に困る。
 夢の内容を覚えていないわけではないけれど、ひどく表現し難い。
「呑み込まれる夢、かな……」
「……そうか」
 別に明確な答えを聞きたかったわけではないのだろう、曖昧な返答に独り言のような呟きが返ってきた。
 沈黙が落ちて、俺は何となく自分の手を眺める。
 月明かりでぼんやりと映る肌の色は青白く、死人のようでどきりとする。
 夢の中では血塗れだったこの手。必死で伸ばしても何にも掴めない無力な手。足掻いても足掻いてもどうにも出来ずに、ただずぶずぶと闇に呑みこまれて――
 ――駄目だ、こんな後ろ向きな考え方。
 あれは夢だ、と手をぐっと握り締めた。
「添い寝してやろうか」
 突然の言葉に顔を上げると、シオンがにやりと笑う。
「お前は一人で寝るのが怖いお子様みたいだからな」
 からかうような口調は俺を気遣ってだろう。何だか嬉しくなった。
 ――そう、俺は一人じゃないんだから。
「じゃあお願いしようかな?」
 寂しげに笑ってしおらしく答えてみる。
 と、シオンは驚いたらしく、少し途惑って
「……冗談だぞ」
「わかってるよ?」
 にっこり笑うとからかい返されたのが解ったのだろう、恥ずかしそうに舌打ちする。
 笑い声を隠すために布団に潜ると、肩の辺りにぼすん、と何かが当たった。多分シオンが投げた枕だろう。
 手探りで枕を探してそれに辿り着き、返そうと布団から顔を出すとシオンはいつの間にか俺のベッドのすぐ横まで来ていた。
「え、何?」
 シオンは仏頂面で俺をぐいぐいと横に押す。訳が解らないまま体を端にずらすと、シオンは俺から枕を奪い取ってそれを俺の枕の横に置いた。
 そして俺の隣に潜り込む。
「シオン?」
「黙って寝ろ」
 どうやら本当に添い寝してくれるらしい、俺の方に背を向けて不機嫌に言った。
 シオンは時々、本当に予想外の反応を返してくる。
 ――まるで俺の心を本当に見透かしたみたいに。
 俺も背を向けて布団をかぶると、広くないベッドで微かに背中同士が触れる。すぐ隣にある人の体温。
 少し恥ずかしいけど、それがこんなに嬉しいことだなんて、俺は彼に出会って初めて知ったのだ。
「おやすみ」
「ああ」
 ぶっきらぼうな声にくすりと笑って、ゆっくり目を閉じる。
 きっともう、悪夢にうなされはしないだろう――――。
10:「希望があるとしたら……空、かな」
11:「それに意味があるのか?」
12:「ちょッ……本気で言ってるの!?」
13:「それってどうなのさ……」
14:「だって、そう、決めたんだ……!」
15:「もういいって!!」
16:「そんなこと言われても困る!!」
17:「触っちゃだめ」
18:「ほら、行くぞ?」
19:「所詮別の生物ってことさ」
20:「よろしく――相棒」