「――ああ、久しぶり」
 僕が来たことに気づいた彼は読んでいた本から顔をあげて、僕を見ながらそう言った。
 何とも在り来りで平凡な言葉なのにそれを嬉しいと思っている自分に馬鹿じゃないのかと呆れながら、彼の視線に思っていたより緊張して、
「久しぶり」
 でもそんな動揺を出さないように何とか装って、いつものように素っ気無く返す。彼の二つ隣の席がいつの間にやらの僕の定位置で――我ながら微妙な距離だと思う――そこに腰を下ろすと彼は何事もなく読書を再開した。
 僕はそっと息をつく。しばらく会っていなかった彼との関係が何も変わっていなかったことが、安心したのか残念だったのか、自分でもよく分からない。
 平日の図書館はがらんとしていて見渡せる範囲には彼しかいない。波長が合うというのか、同じタイプであろう彼の側はやけに居心地が良くて落ち着く。聞こえるのは空調の単調で低い音と彼が本のページをめくる音くらいで、そんな中にいるとふと、これが現実ではないような不思議な感覚に襲われる。
 そんな雰囲気が気に入っていた。
 始めはただそれだけだったのだ。だから彼がどんな人物かなんてことにはまったく興味を抱かなかったし、簡単な挨拶やちょっとした話をするようになってもしばらくは名前すら知らなかった。今少し彼のことを知っているのも別に教えてもらったわけではなく、貸し出しカードで名前を知ったとか、着ている制服で学校と学年が分かったとか、そんなものでしかない。
 ただ次第と――そう例えば彼の、本をめくる指だとか、伏せがちの目とか、ふとした表情や目が合った瞬間にどきりとしたり、言葉を交わすだけで緊張したり、とにかく彼のことがひどく気にかかるようになって、惰性的に通っていただけの図書館に行くことが楽しみだけど不安というわけの分からないことになって、未だに彼のことをろくに知らないとか、知人だか友人だか何とも微妙というこの関係がつらいなんて、そんな馬鹿らしいことを思うまでになってしまったのだ。
 完全に予想外の自分の感情をどうすればいいのか分からない。制することのできない感情を持て余している。
 ちらりと彼を見るとそれはもう既に見慣れた光景。しばらく離れていた所為か余計にそう思ってしまう。
 この調和した世界が、ゆるやかに流れる時間が、そこに居る彼が――
「――好き」
「……え?」
 思いもよらず声に出て、しかも信じられないことにはっきりとした声で、だから彼にもしっかり聞こえたらしい。突然の言葉に意味が拾えるはずもなく、彼は不思議そうに僕を見る。
「えっ、や、あの」
 何か言おうとしたけれど見事に何の言葉も出てこない。頭が真っ白になって、恥ずかしくてどうしようもなくてもう俯くしかなかった。全身熱くて鼓動が速くてああもう、何だこれ! いつの間にか力いっぱい握っていた手と同じように、胸が堪らなくぎゅっと締めつけられて、泣きそうだと思った。
 だからゆっくり確実に呼吸して、その苦しい思いを押し出すように、ゆっくり噛み締めながら声にした。
「――君のことが、とても好き」

告白『距離』