『その先に望むものは何?』

 そう、完全な筈なのに。

「どうして動かない……」
 偶然手にした古びた書物に記されていた、今まで知らなかった知識
 魅かれるのも当然のこと
 誰もが馬鹿にしたけれど
 でもそれは皆が信じるものと同じ以上の論理が成っていた
 あらゆる知識を集め、読み解き、理解し
 幾つもの月日をかけて
 そうして組み立てた完全論理
「……何で」
 簡単なこと
 完全じゃないからだ
 じゃあいったい、これ以上の何が足りない?
「まーた死にそうな顔して!」
「……」
「どーしてお前はそうかねぇ? 凹むのもいいけど限度があるだろ。ちゃんと飯食ったか? 食ったわけねーよなぁ」
 声と同時に頭を叩かれ、睨んでみたがやはり効果は無かった。
「……何」
「何?何って? つれないお言葉ですねぇ」
 素っ気無く言うと馬鹿にしたように鼻で笑われる。
「おら、とりあえず飯食いな。冷めるから」
 ああもう、こいつにはいつも敵わない。

 いろんな物に埋め尽くされた部屋の一角を少し片付けて、訪問者の差し入れを広げる。
 時々こうして訪ねて来る幼馴染のアルアは、俺の唯一の友人――かもしれない。
 "かもしれない"などと言うのは、自信がないからだ。
「……大丈夫なのか」
「自分の心配すれば」
 ぽつりと問えばするりと返され。
 俺の世間の評判は、悪い。
 こんなことを本気で研究している俺は頭がオカシイらしい。
 そんな俺と関わってはアルアの評判も悪くなるだろう、仕事に支障が出るのでは、といつも不安なのだがアルアは取り合ってくれない。
 ――否、もし本当に、こいつすら俺から離れてしまったらそれこそ本当に狂ってしまうかもしれないけれど。
 だからこの関係が続くことは嬉しい。でもそう思うほど、罪悪感と自分への嫌悪が募る。
「……」
「……」
 二人で向き合っていても特別何か話すでもない、ただ黙々と差し入れを食べる。
 それだけで安心してしまえるのは付き合いが長いからだろうか。アルアの人柄のせいかもしれない。
 ぐるぐると渦巻いていた黒い感情が落ち着きをみせる。
 でもそうして冷静になれたところで。
 先が見えないことに変わりはないのに、俺はどうしたらいい――?
「――何か言って欲しいのか?」
 ……こいつは本当に驚くくらい感情を読む。何で解るんだか不思議でならない。
「お前はそのままでいい」
 そうして紡ぐ言葉に何でこれほど力があるのか。
「俺が太鼓判押してやるから好きなだけ好きなことしてろ。自分の信念を貫いて研究に没頭してるお前はカッコイイぞ」

『そんなに綺麗な人間じゃないぞ、俺は』
 もう大分前になる。一度自分の思ってることを伝えたことがあった。何故そんなことをする気になったのか我ながらかなり恥ずかしいことを口にした覚えがある。
 その時にアルアが言った。
 心底呆れたように顔を歪ませて、一言目がそれ。
『俺は他人を思いやるようなお優しい人間じゃねーし、つか別にお前を心配して世話してる訳じゃないし』
『俺だって魔法は信じてねーし、お前馬鹿だし、マジ救いようないし。自覚あるべ?』
そうして散々投げつけられる暴言の中に、
『でもまぁ』
『馬鹿だって解ってても自分が臨みたいものに向かって必死に走っていけるのは、すごくイイと思うけど』

 ――我、望みし君に問う。
 切欠を創った本の、一番初めに書かれていた文。

 俺が望んだものは何だっただろう?
 初めはただ、今まで知らなかった、思いもよらなかったその知識が面白くて
 夢のようなその力が実現したらどんなにいいだろうと
 知るほどに確実な形になるその夢に真っ白な希望を見て
 でも誰も解ってくれる人は居なくて
 ただ楽しかった研究は次第に成さなければならないものになって
 完全な形を作っても(作った筈なのに)一向に掴めないそれに絶望して
 俺が望んだものは何だっただろう。

 少なくとも今、この時に。
 この人の為にと望んではいけないだろうか――?